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雨が止んだら、どこへ行こう──永遠を問う終焉士の記録
雨が止んだら、どこへ行こう──永遠を問う終焉士の記録
Author: 佐薙真琴

第一章 雨の記憶

Author: 佐薙真琴
last update Last Updated: 2025-11-30 07:44:14

 終焉士アキラの事務所は、都市の最上層、雲の間を縫うように建つ塔の一室にあった。窓からは永遠都市の光景が見渡せる。透明な管状の交通路が幾重にも重なり、その中を無数の人々が流れていく。地上から三千メートル。ここから見下ろせば、かつて地表と呼ばれた場所は霧の向こうに霞んでいる。

 不老技術が完成してから千年以上が経ち、人類は死を克服した。病も老いもない。事故で肉体が損傷しても、記憶をバックアップから復元すれば、新しい身体で目覚めることができる。量子レベルで記録された意識は、理論上、宇宙が終わるまで存続可能だ。

 人間は、ついに永遠を手に入れたのだ。

 しかし皮肉なことに、終焉士という職業が生まれたのもその後だった。永遠を生きることに疲れた者たち、意味を見失った者たち、ただ終わりを求める者たち。彼らのために、この職業は存在する。

 アキラは窓際の椅子に座り、雨を眺めていた。人工気象制御システムによって降る雨は、かつての自然な雨とは異なる。分子構造まで最適化され、建物を傷めず、大気を浄化し、心理的効果まで計算されている。それでも、雨は雨だった。窓を打つ音は、千年前と変わらない。

 扉がノックされた。

「どうぞ」

 扉が開き、一人の老女が入ってきた。外見年齢は80歳ほど。深く刻まれた皺、白髪、わずかに曲がった背中。不老技術を受ければ誰もが20代の肉体を保てる時代に、彼女はあえて老いた姿を選んでいた。

「失礼いたします」

 老女の声は静かで、しかし明瞭だった。アキラは立ち上がり、深く一礼した。

「ようこそ。お名前をお聞かせ願えますか」

「ユキコです。ユキコ・タナカ。3247歳になります」

 アキラは静かに頷いた。3000年以上生きた人間。彼らは「最初の世代」と呼ばれる。不老技術が実用化された初期に、それを受けた人々だ。人類史上最も長い記憶を持つ生き証人たち。

「こちらへどうぞ。楽な椅子をお選びください」

 事務所には様々な椅子が置かれていた。硬いもの、柔らかいもの、背もたれの高いもの、低いもの。来訪者は無意識のうちに、自分の人生を象徴する椅子を選ぶ。ユキコは迷わず、窓際の古風な木製の椅子に座った。

「お茶は?」

「ありがとう。緑茶を」

 アキラは丁寧に茶を淹れた。湯温、抽出時間、すべてが計算されている。しかしそれは機械的な正確さではなく、茶道の精神に基づいた「一期一会」の心だった。この所作もまた、儀式の一部だった。

 終焉士の仕事は、死を選んだ人々の最期の物語を聞き取ること。そして、その記録を永久保存庫に納めること。

 人は死ななくなったが、死ぬ権利は残された。ただし一つだけ条件があった。自分の人生を物語として語り、それを記録に残すこと。これは「最終物語法」と呼ばれる法律によって定められている。永遠を生きる社会において、死は最も重大な選択だ。その選択の理由を、後世に残さなければならない。

 アキラは湯呑みをユキコの前に置いた。立ち上る湯気が、窓からの光を受けて輝く。

「準備はできていらっしゃいますか?」

 アキラは静かに尋ねた。この問いは単なる確認ではない。心の準備、覚悟の確認、そして最後の迷いを吐露する機会でもある。

 ユキコは微笑んだ。皺の刻まれた顔に、穏やかな光が宿る。

「ええ。3000年間、この日のために生きてきたようなものですから」

 アキラは記録装置を起動した。量子記録システムが静かに作動を始める。これから語られるすべての言葉、表情、息遣い、間、感情の微細な変化まで、すべてが記録される。

「それでは、始めましょう」

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